東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8511号 判決 1956年5月26日
原告 王子信用金庫
被告 祖浜キン
主文
当庁昭和二九年(ヌ)第二三四号建物強制競売事件の配当残金九二、〇七五円はこれを原告と被告に原告の債権を二六三、二八二円、被告の債権を三九〇、〇〇〇円として平等の割合をもつてその債権額に応じて按分して配当する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。
事実
原告の請求の趣旨及び原因は、別紙訴状記載のとおりである。なお、原告は、被告のなした仮差押の基本債権と本件強制執行の基本債権が同一の債権であることは争わない、と述べた。
被告訴訟代理人岡安秀は、請求棄却の判決を求め、次のように答弁した。
訴状請求原因第一ないし第三項の事実は認める。
原告は被告が仮差押の登記をした後に抵当権の設定登記をしているのであるから、その抵当権をもつて差押債権者たる被告に対抗できない関係にある。従つて、原告は本件強制執行手続においては普通債権者として取り扱わるべきものであつて、利害関係人ではない。しかるに、原告からは適法な配当要求がないのであるから、執行裁判所が原告を配当から除斥したのは正当であつて、本訴請求は理由がない。
当事者双方は、執行債務者勝目寛に対する原告の債権が二六三、二八二円で、被告の債権が三九〇、〇〇〇円であることを認めた。
<証拠省略>
理由
被告が訴外勝目寛所有の建物に対して仮差押をし、次でその仮差押債権と同一の債権に基いて強制競売を申立て、競売手続が進行して原告主張のように配当残金九二、〇七五円を全額被告に配当する旨の配当表が作成されたこと、原告が右の競売建物に抵当権を設定し、被告のために仮差押の登記がなされた後にその登記を経由したこと、被告の競売申立が原告の抵当権設定登記の後になされたものであることはいづれも当事者間に争がない。
差押債権者の債権に優先する抵当権付債権は法律上当然に競売代金のうちから優先的に弁済さるべきものであるから、債権者は、競売手続における利害関係人として、配当要求をするまでもなく当然に配当に加えらるべきものであるが、本件の原告はその抵当権をもつて差押債権者たる被告に対抗できないのであるから、いわゆる普通債権者として民訴六四六条の規定に従い競落期日の終に至るまでに配当要求をしなければ、配当に加わることができないものといわなければならない。しかして、原告が右の配当要求をしなかつたことは原告の主張自体に徴して明らかなところであるから、執行裁判所が原告を配当から除斥し、配当残金全額を被告に配当する旨の配当表を作成したことは、一般理論の問題としてはもとより正当で、なんら違法の点はないが、当裁判所は、本件の具体的事案の扱としては、執行裁判所の右の処分は法の解釈をあやまつたものと考える。その理由は次のとおりである。
原告が本件競売手続において執行裁判所から登記簿に記入ある不動産上権利者たる利害関係人として取り扱われ、裁判所から売得金の配当をするから昭和三〇年一〇月二七日までに債権元本、利息及び損害金の計算書を提出するようにとの通知をうけて、同日付の計算書を提出し、第二順位の抵当権者として優先配当をうけたい旨の申出をしたことは当事者間に争のない事実である。抵当権者たる利害関係人は、右に述べたように配当要求をするまでもなく法律上当然に配当に加えらるべきものであるから、裁判所が原告を利害関係人として取り扱つたことは、とりも直さず、原告に対して本件の配当に加入するには敢えて配当要求をする必要なく、当然に配当に加える取扱をすることを表示したものであり、原告も裁判所のこの取扱に信頼して競落期日の終までに配当要求の手続をとらなかつたものと推認する外はない。ところで、抵当権附債権を有する者がその抵当権をもつて差押債権者に対抗できない場合にもなお彼が利害関係人にあたるかどうかについては異論もあろうが、その抵当権が差押債権者に対抗できない場合には抵当権者を差押債権者と同列に置いて競売手続の実施に関与せしむべき実質的理由はないのだから、差押債権者に対抗できる抵当権を有する者に限つて利害関係人となりうるものといわなければならない。従つて、執行裁判所が原告を利害関係人として取り扱つたことも、原告がこの取扱に信頼したことも共に法の誤解によるものといわなければならない。しかしながら、本件執行記録に編綴されている登記簿謄本によれば、甲区二番に「昭和二八年四月四日仮差押決定に基く東京地方裁判所の嘱託により被告のため仮差押を登記す」とあるだけで、執行記録を一覧しても右の仮差押債権と本件執行の基本となつた差押債権が同一債権で、本件の競売手続が右の仮差押から本執行に移行したものであることを窺うに足る資料は全くない。従つて、裁判所が原告を利害関係人として取り扱つたことも一応無理からぬことであり、この取扱に信頼した原告の態度にはより一層相当な理由があつたといわなければならないから、配当要求の手続をとるまでもなく当然に配当に加わりうるという原告の期待は十二分に法の保護に値するものといわざるを得ない。一方、被告は本件の競売手続が仮差押から移行したものであつて、原告の抵当権が被告に対抗できないものであることは十分にこれを知り、又は知りうべき立場にあつたのであるから、原告が利害関係人として取り扱われていることに対して執行方法の異議を述べ、執行手続を正常に復せしめうる地位にあつたものといわねばならない。にもかかわらず、被告も亦これを看過し、原告は利害関係人としての取扱をうけたまま配当期日を迎えたのであるから、被告は既に原告の配当要求の懈怠に対しては異議権を失つてしまつたものということもできる。当裁判所は、原告の配当要求の懈怠はやむを得ざる理由によるものであるから、被告の利益において原告に不利益を課すべきものではないと考える。原告が配当をうけるため計算書を提出していることは前段認定のとおりであるから、その提出時期は競落期日終了後ではあるが、原告に対して期日終了前に配当要求をすることを期待することは実際上不可能な状態にあつたのであるから、懈怠を不問にふして、右の計算書の提出を適法な配当要求とみて、原告を配当に加えることが裁判所の表示に信頼した原告の期待に応え、原被告間に衡平の理念を実現する所以であつて、実質的にみれば、これにより却つて本件競売手続の安定性が維持されることになると思うのである。執行裁判所の作成した配当表は一般理論としては正しいが、本件の具体的事案の下においては形式論に脱したそしりを免かれないものと考えざるを得ないのである。
しかして、原告の債権額が二六三、二八二円で、被告のそれが三九〇、〇〇〇円であることは当事者間に争なく、原告はその抵当権を被告に対抗できないのであるから、右に述べたところからして、当裁判所は配当残金九二、〇七五円は原告と被告にその債権額に応じて平等の割合をもつて按分配当すべきものと認める。原告の請求はこの限度において理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井良三 藤本忠雄 杉田洋一)
請求の趣旨
御庁昭和二十九年(ヌ)第二三四号不動産強制競売事件につき昭和三十年十一月一日作成の配当表中残額金九万二千七十五円を被告祖浜キンの債権元本三十九万円の内として配当交付するとある部分を取消し、右金九万二千七十五円を原告の債権の内として優先配当に変更する。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
一、原告は被告より訴外勝目寛に対する御庁昭和二十九年(ヌ)第二三四号不動産強制競売申立事件につき競売の目的たる不動産の登記簿に記入ある不動産上の権利者たる利害関係人としての取扱を受けて居り、配当裁判所から売得金の配当を為すについて昭和三十年十月二十七日迄に債権元本、利息、損害金を計算の上提出すべき旨の通知を受けたので、同年十月二十七日付を以て元金二十一万五百円、損害金五万二千七百八十二円合計金二十六万三千二百八十二円なる計算書を提出して第二順位の抵当権者として優先配当を為され度き旨上申したのである。
二、然る処配当裁判所が同年十一月一日の配当期日に示された配当表は売得金五十六万円を左の通り配当する旨作成された。
一金 一万七千八百三十三円 競売手続費用、申立人債権者へ交付
一金 五万九十二円 元金四十万円に対する自昭和二十九年九月十二日至同三十年十一月一日迄利息、損害金として抵当権者住宅金融公庫へ交付
一金 四十万円 昭和二十七年十二月十三日貸付元金として右同金融公庫へ交付
残額金九万二千七十五円を貸付元本三十九万円の内として申立人債権者祖浜キン(本件被告)へ交付
三、原告は配当期日に出頭したところ配当表は右の通りであつて第二順位の抵当権者たる原告に対しては配当を為されなかつた。裁判所は本件の不動産には昭和二十八年四月八日競売申立人(本件被告)のため仮差押の登記があり、原告の抵当権設定登記は右仮差押の登記より遅れて同年同月十四日為されておる、仍て右仮差押債権者たる競売申立人には対抗出来ない。従つて本件競売に於ては一般債権者として配当要求の手続を為すべきであつたのにその手続が為されていないから配当から除外されたものである、との説明であつた。
四、然しながら仮差押によつて保全された債権と本件競売申立の債権とが同一であることは原告としては之を知るに由なく、且つ又仮差押の登記あることすら全然知らなかつたのであり、只々裁判所より利害関係人として計算書を提出すべき旨の通知を受けたので之を提出したのである。
若し被告の有する本件強制競売申立の原因たる債権が昭和二十八年四月八日登記された仮差押の原因たる債権と同一の債権であれば、本件競売は仮差押から強制執行に移行したのであるから原告の抵当権設定登記は仮差押登記後であるとの理由から被告の債権に優先しないことは考えられるが、逆に仮差押の原因債権と強制競売の原因債権とが異る債権であれば、強制競売の原因債権は右仮差押に依つて保全されていないのであるから原告の抵当付債権は競売申立の登記前に設定且つ登記されておるから、被告の本件債権に優先するのが当然である。それ故裁判所は配当表作成に先つて仮差押の原因たる債権が執行力ある債権に確定しておるかどうか、且つ又それが強制執行の原因たる債権と同一債権であるかどうかを確かめねばならぬ。仮差押債権者も又民事訴訟法第六四八条第一号に所謂差押債権者として利害関係人であるから(兼子氏強制執行法二三〇頁)、当然競売手続に参加せしめて所定の手続をとり債権の識別を為し、その何れかによつて民訴法第六三〇条以下に定める配当実施を為すべきである。此の理は仮差押債権者と競売申立債権者と同一人である場合にも当然同ように考えられる。
五、本件の配当表は、以上の手続を為さずして漫然原告の抵当権設定登記前に被告の為めに仮差押の登記があるから原告に優先配当は出来ないとの建前から前述の如き配当表を作成されたのであるが原告は以上の理由によつて不服である。
六、仮りに本件競売申立が被告の為めに登記された仮差押債権が確定してその執行力ある正本に基いて為されたものであるとすれば、本件強制執行は同一の債権につき仮差押執行から強制執行への移行であるから、原告の有する抵当付債権は被告の有する右債権に対して優先しないわけである。これと同様に被告の債権も亦原告の債権に優先しないのであり両者は全く同位平等の債権といわねばならぬ。
然らば原告は競売申立登記前から登記簿に記入ある抵当権付の債権者として本件競売事件の利害関係人であるから、更めて配当要求の申立を為す迄もなく配当に参加する権利を有し、当然被告と対等の地位に於て夫々債権額に応じて配当表を作成せらるべきが至当である。然るに拘らず配当裁判所は原告を遇するに一面利害関係人として迎え、他面一般債権者であるから適式の配当要求を為さねば配当に参加出来ないものとして斥けられたのであるが、之亦違法であると考える。